〜高山寺五種目録室町期文書 一巻〜

 洛西の北、栂尾のある古刹高山寺は、紅葉と明恵上人、そして『鳥獣人物戯画』で夙に有名である。高山寺の歴史は、鎌倉初期に後鳥羽院より栂尾の地が明恵上人に与えられた時から始まる。明恵上人は、幼少の頃、母を病で失い、ついで父平重国を源平の争乱で失った。そのため、文治四年、叔父の上覚のもとで仏門に入り、東大寺で具足戒を受けて明恵房成弁と称した。京都及び紀州において密教、華厳教学を修め、承元四年頃からは高弁と名乗るようになった。明恵は、密教と華厳との一致を説く一方、専修念仏を批判した。承久の変後、敗軍となった朝廷方の遺族を救済して善妙寺という尼寺を設けるとともに、鎌倉方の北条泰時とも交渉をもった。やがて、摂関家の帰依も受けたが、俗塵にまみれることなく、貞永元年、禅堂院にて入寂した。
 明恵上人の履歴を見ると、世俗を超克した宗教者との印象が強いが、実際は、なかなかの親近感溢れる坊さんであったらしい。
 例えば、『西遊記』の祖本として有名な『大唐三蔵取経詩話』等の小説は、玄奘三蔵の西天行脚に憧れを懐いていた明恵上人が、宋国より将来して読んでいたものらしい(注1)。また、明恵の夢日記には鰻が登場してその図解まであるが、これも宋国より輸入した『明州阿育山如来舎利塔伝并護塔霊鰻菩薩伝』という本を読んでいた印象が、彼の夢の世界に再現したものと見られる。そのような環境を理解して始めて、明恵の傍らに木彫の小犬や鹿などの動物キャラクターがあったことが素直に理解できるのではないか。明恵没後、高山寺に入った『鳥獣人物戯画』も、生前どこかの屋敷で見かけて絶賛した結果、彼の供養のために、大旦那がゆかりの寺に寄進したものではなかったか、或は、明恵自らが、『大唐三蔵取経詩話』を読み、その感想を述べたのに刺激され、とある絵師が描いたものではなかったか。想像であるけれども、戯画のさる上人や法体ざるを見るとそのようにも考えられる。
 さて、近年、高山寺文書類についての総合調査がなされて、その全貌が明らかにされた。しかし、明治期に散逸した典籍や文書については、なお調査すべき部分も残されているように思える。筆者が、東北大学附属図書館で見出した高山寺旧蔵目録文書も、従来の調査対象から漏れていると思われるものである。小稿で取り扱う高山寺旧蔵目録は、正式な名称がないので、仮にその年号から、高山寺五種目録室町期文書と呼ぶことにして、その内容を簡便に紹介しよう。
 本目録類は、五紙つなぎ合わせて一巻としたもので、明治以降の表装と思われ、そのときの所蔵者の印章と思われる印があるが、印文は判読不能である。「目録」(1)は、方便智院目録にある主要なものを抜粋した目録であるらしい。目録第(2)は、禅堂院の目録の一部らしいが、もともと方便智院のものが含まれているように見える。このなかには、「五蘊観」のような高麗の義天禄に著録された続蔵経も記録されている。住房の方便智院は、江戸時代の寛永年間に廃絶したといわれる。



 目録第3「禅堂院本尊目録」は、明恵の住房であり臨終の場所であった禅堂院の備品目録で、仏画が中心である。中でも、明恵上人の縄床樹座禅真影が首座をしめる。『高山寺縁起』に見える「禅堂院一宇」の説明と一致する。
 目録第4「羅漢御鉢?注文」目録は、陶器類の目録であり、仏前用の備品目録の一部なのであろう。



 目録第5「羅漢堂本尊等目録」は、高山寺創立時、西経蔵のとなりにあった羅漢堂の蔵品一部を西経蔵へ移した際の目録である。羅漢堂の名前の通り、十六羅漢の本尊と花瓶・香炉が記されている。



 目録に見える高山寺の僧侶については、若干の僧名が他の文献と照応させることができる。目録第1の秀融は、明恵上人関係血脈集11「三尊院血脈」(江戸写本)(注2)に□八葉弁海上人の後、同第一四葉秀融上人と記される僧のことであろう。
 目録3の弁海は、『高山寺古文書』219「東坊弁海土地寄進状」(延徳2年)及び226「東坊弁海料足借用状写」(永正3年)・227「知事弁朝・弁海連署敷地売券」(永正7年)、古文書補遺144「僧弁海諷誦文」(延徳3年)(注3)にそれぞれの名が見える。また、花押も一致する。同じく、目録第3の公祐は、古文書223明応八年学頭代公祐(注4)とあり、花押も一致する。
 目録第5(永徳2年)の顕耀は、古文書117「色衆交名」に行順房顕耀とある人物と同一人であろう(注5)。ただし、ここに連記される行誉は、古文書65「神護寺置文案」(嘉録3年)に大法師行誉と名前は同じであるが、時代が隔たるところから考えると、おそらく別人であると思われる。花押を比較すれば、一目瞭然であると思われる。(磯部彰)

  1. 注1)磯部彰「『大唐三蔵取経詩話』と栂尾高山寺 ―鎌倉時代における唐三蔵物語の受容―」(『東北アジア研究』第1号、1997)
  2. 注2)高山寺資料叢書『明恵上人資料 第二』(東京大学出版会、1978)
  3. 注3)同上、同『高山寺古文書』(同、1975)
  4. 注4)『高山寺古文書』
  5. 注5)同上