【 経緯 】


 今日、かつて一部の層の所有文献が、公私の図書館に入庫、もしくは影印技術の向上による複製マイクロフィルム化などで容易に眼にすることができる上に、インターネットを媒介にしてコピーを入手するのも簡単になった。結果として、特別な古写本を除いて、多くの善本や異本が研究資料としてあふれ、かつての学者が経験したことのない特殊な状況に立っている。交通システムの向上も、書誌の実地調査を大いに容易ならしめた。このような研究の転換期に際し、実地調査によらず、古写本・版本を眼前にすることなく、過去の書誌学成果と複製資料に頼って研究することが日常となり、 原本の持つ重みと複製資料が内包する危険性に注意が払われない傾向が抬頭し、学問そのものの存在意義に危うい面が出てきた。文献資料は多ければ多いほど客観性を帯びるが、同時にその伝来経路、保存のあり方を見極めることも緊要になってくる。とりわけ、出版文化の発展した宋代以降の東アジア社会がかかえる文献はおびただしいものがあるが、個別対比による校勘によって底本を決めるか、或いは宋版・元版などの古刊本に拠るという、きわめて個人的恣意に任されているのが一般的である。かかる状況下に、特定領域研究(A)「古典学の再構築」研究が開始され、原典や稿本への回帰と見直しが提唱されることとなった。そこには、中国学分野もあり、東アジア文化研究に有意義な成果が期待される。本領域は別途に立案された研究ではあるが、部分的にしろ理念や方法に近い点もあるので、先行研究組織との重複をさけて、その成果と方法を継承しつつも、別個の分野−出版文化−を開拓し、斯学の発展に尽くそうとする。ただ朝鮮本の書誌研究については、必要不可欠の唯一の研究者が先行研究に属しているので、その終了を待って開始することとし、朝鮮本をめぐる文化状況の分析を先発し、短期で大きな成果となるように考慮した。申請者らは、以下の(1)〜(7)の問題点を日頃から懐いていたため、その打開策を検討してきた。その結果が本研究のテーマであった。

(1)中国・韓国の書誌研究は、決して原本を多見して結論づけたものではない。
(2)文系研究の研究者が、未整理、或いは誤植の可能性があるテキストに拠り、必ずしも善本や原本を活用しない。
(3)日本各地の図書館に漢籍・和書があるが、古文書に対し厄介者的扱いで、地域文化の研究資料や財産としては未活用である。
(4)東アジアの知識・情報の伝達は版本によってなされたにも拘らず、本そのものへ関心が乏しい。
(5)東アジアの書誌や出版文化に関する研究テーマを設定して科学研究費の申請を行う際、ヨーロッパ型の図書館学というジャンルしかなく、専門研究コードがない。
(6)コンピューターの登場で、印刷出版形態も変化する折に、出版物そのものの文化史上の位置づけが必要ではないか。
(7)文字の発達、言語の形成、文化の独自性にとって写本・版本が決定的意味を持ったにもかかわらず、原本が持つ様々な情報に対し、関心が乏しい。