【 研究意義 】


(a)学術研究上

 今日、東アジアの主要な古文献は、木版・古活字本等の出版物によって保存・伝承・継承されている。古文書、作者自身の原稿及び原本に近い写本は、比率から見ればごくわずかである。  その出版物も、実に宋刊本・元刊本・明刊本そして清刊本に加え、朝鮮本、和刻本、安南本などのバリエーションがあり、刊本から写本の生成という経路も日常的であった。出版文化研究の深化によって、古写本から刊本が登場する経緯、刊本自体の伝刻経路、善本と普通本(流布本)の区別がなされ、研究上の底本たる現代の活字による校本やコンピューター用の正確なデータを提供することが可能となり、文献方面から東アジア社会の文化研究の基盤が整理されることとなろう。具体的には、以下(1)〜(8)という学術上の成果がもたらされると考えられよう。

(1)日本・中国・韓国・ベトナムなどの印刷技術及び伝存する文献の価値が明確な形で判明する。
(2)東アジアの書誌学というジャンルが、一つの研究ジャンルとして認知されるばかりでなく、世界の学界をリードするわが国先進の学問の一つとなる。
(3)写本・刊本・活字本、アナログ方式、そしてデジタル映像方式へと情報メディアの知識伝達方式が変化する中で、過去1000年の印刷文化を考えることにより、その文化が将来社会といかなる係わり合いを持つかなどの役割が判明する。
(4)東アジア社会の文化構造、知識人・官僚・社会、知識・情報の伝授と伝播、そして地域性というものが、従来の政治史・経済史とは別の形で捉えられる。
(5)出版文化を比較することによって、中・日・韓・越などの社会構造の差、思考形成の相違など、今日的な儒教文化や漢字文化などといわれる見方とは別な視点で東アジア社会像が把握される。
(6)出版物の刊行年代判定の基本的国際規準が作成される。
(7)東アジアで作られた写本・刊本・古活字本の存在意義とその文化史的役割が判明する。
(8)東アジア関係の出版に関する総合的な文献目録や研究目録が作成され、次代の研究に基盤的な成果を提供し得る。



(b)社会に対する貢献

 すべての学術研究は、社会や人間生活に豊かで平和な状況をもたらす義務がある。物質面に大きな進捗を見せた20世紀は、一方で人心の荒廃も招いた。人文科学は人間の精神や想像力、協調性、相互理解などの目に見えない文化を構築する。次代に強く求められると思われるのは、この方面からの精神文化の安定性であり、人文科学の推進が、更なる豊かな精神文化及び物質文化の発展をもたらすと確信される。  本研究は学術研究の基本を提供するもので、それ自体すでに社会に還元される内容である。と同時に、本研究は、目下、日本の社会、教育、そして教育政策において改善を進める図書館のあり方に幾つかの直接的働きかけをし、互恵的な成果も挙げようと努める。具体的には以下(1)〜(3)に列挙される。

(1)善本そのものの発見と影印出版を通して社会への紹介が行われる。(文化財の発掘)
(2)図書館ネットワークを通して、東アジア印刷文化関係の総合的情報が世界に共有される。
(3)日本各地に残る藩校・個人蔵などの旧籍を整理・分析し、地域文化振興の一翼を担う。