【 概観(国内・国外の研究成果) 】


■成果

[国 内]

 出版文化については、江戸後期の考証学派を継承した漢学者が、ヨーロッパの文献学も取り入れつつ基本的な研究を行ったのが初めであった。のち、明治大正期に市場に出た和漢の善本が一つの刺激となって、塩谷温・長沢規矩也・黒田亮・大屋徳城・ 川瀬一馬・阿部隆一などの学者が出版物に力点を置いて、個別に研究した。しかし、中国書誌学と日本書誌学とでは専門用語の統一もなく、協力関係なしで行われ、本人のみの作業であったため、獲得された根本的な版本識別などは職人芸として扱われ、一代限りの形が強 かった。それでも、国史・国文学方面は資料館の設置や研究者数の比率から、和本を中心とした書誌・出版文化に目を向ける人は多い。日本書誌学は日本書誌学大系としてシリーズものが刊行される点、或いは和書目録の作成にその研究の蓄積の厚さが窺える。ただし、日本出版文化史でも、和刻本漢籍という中日の文化交流等の特定ジャンルについては、日本の研究は十全でないため、中国で始まった和刻本目録づくりも停滞した。漢籍という東アジア文化の基本をなす分野は、例えば唐本の例を取るならば、宋元版の正史といった稀覯本研究、『文選』・『白氏文集』などの個別作品研究、或いは、日本にのみ善本が残る三国志・西遊記などの小説方面で行われたにすぎない。最近、中国・韓国も文献学そのものに従事する傾向が出ているが、原本に拠る場合が少なく、外国研究者との接点も乏しい。本研究領域に関係した独立した学会すらない点に、この分野に対する一般の認識不足と研究層の手薄さが窺われる。書誌出版に携わる研究者が、一堂に会するのはこれが最初である。


[国 外]

 出版文化の中心地であった中国では、清朝考証学の伝統下、書目を中心とした書誌研究が存在していた。ところが内戦や社会体制の変革から中国近代出版史料,中国通俗小説書目などの基本文献を出すのみで、書誌研究は立ち後れた。1980年代に入って文化史の一面としての出版文化が、北京及び福建などで開始され、中国印刷史料選輯で出版文化史が取り上げられている他、1992年には中国政府の国策として中国印刷博物館が建立されて、研究と資料善本保存に努め、書誌文献の研究者育成に努め、日本の研究を導入しようとしている。
 韓国では活字印刷の伝統国として、印刷文化の研究は継続的に行われているが、朝鮮本そのものに対する本格的研究は乏しい。
 ベトナムでも印刷物の保存が行われ、研究者が台湾などへ留学しているが、木版の盛期である阮朝の字喃本の扱いが容易でないため、研究成果は乏しい。
 モンゴルも、開放政策で写本が市場に出るのみで、写本及び印刷文化の研究は乏しい。
 満洲については、戦前、地域研究が行われる中で、満洲本も中国やヨーロッパで盛んに研究されたが、冷戦を境として研究は中断した。近年、中国とロシアの蔵本が公開され、研究が再開されつつある。  チベットは、密教文献の印刷で仏教からのアプローチがある。
 ヨーロッパ・アメリカでは図書館が中心となって専門のライブラリアンを配置し、所蔵本の調査・研究が進んでいるが、アジア学という特殊なジャンルのため、少数の研究者に止まる。この点から見て東アジア関係の書誌的研究は国際学術協力の推進、とりわけ日本の研究を媒介として行われる必要があると思われる。
 国内・国外ともに、出版文化を基軸とした東アジアの出版物や文化について研究は乏しかった。従って、比較的蓄積のある書誌そのものの研究に焦点をあて、時代別に書肆研究の状況を提示する。


■状況