【 宋元刊本(近世前期社会)】


■成果

 宋元時代の出版物をめぐる研究は、(1)版本書誌的研究、(2)書目的整理、(3)出版者の研究、(4)交易史からの研究、が中心的に行なわれている。宋代は木版印刷の本格的開始に当たり、大蔵経や太平御覧といった文化史上に大きな意義をもつ刊行物が多いこともあって、書物そのものに古くから関心が寄せられている。宋版を多く有する日本では、長沢規矩也による『宋元版の研究』、阿部隆一の『中国訪書志』などの宋版全般に亘る研究から、竺沙雅章による宋版大蔵経の研究、尾崎康の『正史宋元版の研究』、或いは宋代の禁書政策と交易の研究など、個別的テーマに限定する研究も一方で行われ、多岐に亘る研究の蓄積がある。静嘉堂文庫の宋元版を図版に解題をつけて紹介する『静嘉堂文庫宋元版図録』もある。しかし、宋版の一部のジャンルが深く考察されてはいるものの、なお未検討課題が山積する。国外では、宋版を多く擁する台湾で、図版集を中心とした解題本が出される他、中国では書林研究の一環として建安麻沙本や書肆の研究が行なわれ、最近では応県釈迦塔から遼刻本が発見されたこともあって、遼版をめぐる研究、『唐宋時期的雕版印刷』といった初期の木版印刷をめぐる研究書も出ている。しかし、隋唐時代の鈔本と宋版がいかなる関係にあるのか、北宋本と南宋本、或いは遼刻本や西夏刻本・金刻本とはいかなる関連を持つのか、といった文化史的方面の研究は十分ではない。一方、元刊本は、白話文学の伝本が幾つかあるので、その点に関心が集まるものの、元刻本の特色、その出版書肆、或いは、次代の明初刊本との関係などについて検討されることはなく、宋版研究の陰に隠れて、国内外で研究されていない分野であると言えよう。日本書誌学との関係で言えば、元刻本と深い関係にあった五山版が、川瀬一馬によって『五山版の研究』といった形でまとめられ、部分的ながら日本の古版本から元刻本などの出版の様相も逆に推測し得る可能性がある。(磯部 彰)

宋刻尤袤本『文選』

■状況