■成果
(a)安南本
現在、ヴェトナムには国立公文書館と漢文字喃研究院の2ヶ所に多くの安南本が所属されており、本のデータ(内容やサイズ、葉数など)を整理して改題を付けたものを集積して、書目の作成が進められ、漢文字喃研究院の方はすでに出版されている。旧宗主国フランスの東洋学研究の中心である極東学院も、戦前に既に自らが収集した資料の保存、解題作成作業をおこなっており、その成果は同学院の紀要BEFEOに掲載されている。日本では戦前に現地で収集活動をおこなった永田氏の安南本コレクションと、極東学院がヴェトナムを去る際に撮影した所蔵本のマイクロフィルムの提供を戦後に受け、それらは東洋文庫に保管され、最近、より完全な書目も完成した。またごくわずかだが国会図書館にも安南本のコレクションが存在する。ただし、以上の三国とも、安南本を用いた研究は無数にあるが、本そのものや本の出版に関する研究は決して十分ではなく、各研究機関の相互調査研究がやっと始まったばかりである。(八尾隆生)
(b)満洲本
満洲本の研究は、戦前日本、中国、ヨーロッパなどで活発におこなわれ、研究の基礎が築かれたが、その後、冷戦時代にはいり、容易に資料を見ることができないなどの理由により、一時研究が停滞する時期があった。ところが、昨今、満洲本の宝庫である中国・ロシアが開放政策を実施するにおよび、満洲本の研究は、ふたたび最盛期を迎えるにいたった。中国・ロシアでは、満洲本の所蔵目録が次々と出され、また、現物の閲覧も多くの物が可能となった。また、日本国内においても、このような世界の研究状況に呼応して、(東洋文庫が中心となって)日本国内に存する満洲本のユニオンカタログ、さらには全世界に所蔵されるユニオンカタログを編纂する事業が開始された。資料の所在状況の把握、現物の閲覧の便宜が整いつつある現状の中でおこなわれるこのたびの満洲本の研究は、従来の不自由な状況でなされた研究の成果を凌駕するものになると思われる。(岸田文隆)

勸善要言
(c)モンゴル・チベット本他
国内・国外におけるモンゴル本をめぐる研究状況
19世紀以降、モンゴルから欧米各国に流出した出版物に関しては、整理が比較的進んでおり、大部の目録類も公刊されている。ドイツの Heissig、英国のBawden、ハンガリーのSarkozi、フィンランドのAalto、ロシアのSazykinらの功績は大きい。わが国においても、東洋文庫に所在するモンゴル語文献に関しては詳細な目録が早くに製作されている。しかしながら、そこに記載されている個々の出版物の子細な検討は端緒についたばかりといっても過言ではない。とりわけ、出版文化の歴史を考察する上で逸することのできない価値を有するだけでなく、蒙古語史上の諸問題を検討する際の言語資料としても計り知れぬ価値をもつ仏典に関しては、写本との照合、綿密な校訂という文献学的作業が不可欠であるが、残念ながら、上記の研究者および研究代表者が手がけているだけで、今後の展開に待つところが大きい。また、わが国には東洋文庫以外の機関にも招来された出版物が所在しているが、それらに関してはほとんど整理の手すら及んでいない。その作業は緊喫の課題である。出版物の故地ともいえるモンゴルや中国内蒙古自治区、ロシアのブリヤート自治共和国には大量の出版資料があることはいうまでもない。しかし、種々の事情から、資料の整理やそれに立脚した詳細な研究はさほど進捗していないのが実状である。その作業にも、本研究が貢献できる可能性は少なくないと考えてよい。(樋口康一)
チベット文献の研究状況
8世紀から現代に至る膨大なチベット文献の中核をなすのは、大蔵経である。漢文、パーリ語以上に広範なチベット大蔵経は、北京版、デルゲ版をはじめ各版本が出版され、仏教学の基本資料として内外で広く研究されている。大蔵経に含まれていない蔵外仏典も、近年インド、中国から数多く出版され、研究が進んでいる。仏典以外の歴史、文学など世俗文献の研究もチベットでの現地調査と相俟って、近年著しく進展した。以上の文献は、12世紀ころ成立した古典チベット語で書かれた版本(木版)が中心である。
一方、敦煌、中央アジアから出土した古チベット語写本や木簡は、8〜10世紀に属する。ロンドンのスタインコレクション、パリのペリオコレクションに代表される文書群はマイクロフィルムなどの形で公刊され、多くの研究が進められてきた。ただ、まだ整理出版が遅れているものもあり、武内もスタイン写本と木簡のカタログの作成を現在行っている。
さて、第3のグループとしてカラホト、エチンゴル出土文献が挙げられる。武内のこれまでの調査により、これらは先に2つのグループの間隙を埋め、写本から版本成立の推移を映し出す貴重な文献群であることが判明した。しかし、これまで一部を除き公刊出版されておらず、その存在すら学界に知られていない。このプロジェクトによってその全貌の解明を目指す所以である。(武内紹人)

佛説出生一切如来法眼徧照大力明王經
|