【 基本構想 】


(a)申請までの準備・調査の状況

■科学研究費・基盤研究(C)企画研究(平成10年度)

 東アジア社会の構造及を考える時、出版文化は意志疎通、情報の伝達、文化の共有に多大な影響と役割を果たし、文化・政治・経済・宗教等の性格を決定的なものとした。本研究は、日本の中国学会や朝鮮学会等で常に話題となっていた漢字文化の保存問題に対し関心を持つメンバーが、研究会を通して意見交換を行うことを重ねた結果、中国・朝鮮・日本等の近世出版システムと文化形成との関係を解明すべく立案された。そして、具体的には、平成10年度の科研費企画研究において、文学・歴史学・思想宗教学・書誌文献学・言語学・美術史学等の多方面から成る研究者を研究組織に、もしくは研究協力者として結集し、十数回に及び小地区会議、三回の全体会議を仙台・横浜で開催し、「出版」を基軸にいかにして社会構造を解明するか、学問領域として未開拓の東アジア書誌研究を現在ある日本出版文化研究の高水準まで引き上げるか、などについて検討した。そして、特定領域研究(A)に申請すべき企画案を作成するに到った。また、海外調査と研究協力を得るために、外国研究者との連繋を強めることを計画した。本書は、この時の策定した研究計画の大綱による。


■東北大学東北アジア研究センター共同研究〈東アジア出版文化を通して見る社会変容の研究〉
 (平成9年度〜11年度)

 東北アジア研究センター内共同研究として申請者が主催し、発足時は、東北大文学部、東北学院大、富山大学、宮城県図書館の研究者21名より構成され、毎年数度の研究会、講演会を設けて、出版文化を基軸とした社会変容についての研究成果発表と討議を進めてきた。メンバー以外、客員教授として東北アジア研究センターに所属する研究者の参加も求めた。現在、国内外の研究者の参加のもとに、出版文化をめぐる研究会を継続中である。一方、東北アジア研究センターは、ロシアアカデミーと提携を結び、ノボシビルスクにはセンター分局を設けて、ロシア側研究者と共同研究を実施している。今後、文化系の共同研究推進がなされれば、センターのノボシビルスク分局を利用し、通信衛星システムなどによって、ロシア側研究者と共同研究を進めることも可能となり、本研究は一層の進展が測られると考えられる。

年度 発表題目 所属・職(当時) 氏 名
平成9
年度
第1回
発表
「小説与史統」 中国社会科学院 教授 石昌渝(水滸学会副秘書長常務理事)
  第2回 「朝鮮本のはなし」 富山大学 教授 藤本幸夫
平成10
年度
第3回 「金沢文庫保存宋版一切経等の宋版本」 金沢文庫 文庫長 真鍋俊照
  第4回 「中国における三国演義研究の現状」 中国社会科学院 教授 劉世徳
(三国演義学会長)
  第5回 「中国目録学と文学」 京都大学人文科学
研究所助教授
金文京
平成11
年度
第6・
 7回
「(連続講演)紅楼夢研究 稿本と刊本」T・U 中国社会科学院 教授 劉世徳
  第8回 「近世中国の禁書と政策」 東京大学東洋文化
研究所教授
岡本さえ

 以上の研究成果は、一部は既公表であるが、別に東北アジア研究センター叢刊の一冊として成果報告書の刊行を準備中である。


■個別調査・研究

 総括班及び調整班のメンバーは、主に書誌文献学を基本に置いた研究を進め、科研費等で文献の実地調査を内外に行い、多くの研究成果を発表してきた(「研究業績一覧」参照)。また、いくつもの共同研究を学際的に進め、東アジア学界のみならず、欧米の学界にも強い影響力を持つに到った。

 出版文献の研究に、そのものの実地調査は欠くことが出来ない要件である。従って、各参加メンバーは、個々に各地の図書館及び関連分野の研究者と交流を持続している。申請者の例をとってみるならば、国外では、ヨーロッパ全体の欧州漢学会と交流する他、以下の研究機関とも、連絡関係にある。

  イギリス:オックスフォード大学 ボードリアン図書館
  フランス:パリ国立高等研究所
  オランダ:ライデン大学 漢学研究院・オランダ・国際アジア研究所
  アメリカ:ハーバード大学イエンチン研究所・ウェズリアン大学東洋学研究所
  中  国:中国社会科学院文学研究所・復旦大学古籍整理研究所
  (台湾):故宮博物院図書館・国家図書館・成功大学・台湾大学・清華大学
  (韓国):ソウル大学校他

 参加メンバー全体の国際研究交流の状況から見るならば、全世界の図書館・研究者とのネットワーク作成が領域を中心として可能である。




(b)基本構想・方針

■研究テーマ着想に到る経緯

 今日、かつて一部の層の所有文献が、公私の図書館に入庫、もしくは影印技術の向上による複製マイクロフィルム化などで容易に眼にすることができる上に、インターネットを媒介にしてコピーを入手するのも簡単になった。結果として、特別な古写本を除いて、多くの善本や異本が研究資料としてあふれ、かつての学者が経験したことのない特殊な状況に立っている。交通システムの向上も、書誌の実地調査を大いに容易ならしめた。このような研究の転換期に際し、実地調査によらず、古写本・版本を眼前にすることなく、過去の書誌学成果と複製資料に頼って研究することが日常となり、原本の持つ重みと複製資料が内包する危険性に注意が払われない傾向が抬頭し、学問そのものの存在意義に危うい面が出てきた。文献資料は多ければ多いほど客観性を帯びるが、同時にその伝来経路、保存のあり方を見極めることも緊要になってくる。とりわけ、出版文化の発展した宋代以降の東アジア社会がかかえる文献はおびただしいものがあるが、個別対比による校勘によって底本を決めるか、或いは宋版・元版などの古刊本に拠るという、きわめて個人的恣意に任されているのが一般的である。かかる状況下に、特定領域研究(A)「古典学の再構築」研究が開始され、原典や稿本への回帰と見直しが提唱されることとなった。そこには、中国学分野もあり、東アジア文化研究に有意義な成果が期待される。本領域は別途に立案された研究ではあるが、部分的にしろ理念や方法に近い点もあるので、先行研究組織との重複をさけて、その成果と方法を継承しつつも、別個の分野―出版文化―を開拓し、斯学の発展に尽くそうとする。ただ朝鮮本の書誌研究については、必要不可欠の研究者が先行研究に属しているので、その終了を待って開始することとし、朝鮮本をめぐる文化状況の分析を先発し、短期で大きな成果となるように考慮した。領域代表者らは、以下の(1)〜(7)の問題点を日頃から懐いていたため、その打開策を検討してきた。その結果が本研究のテーマであった。

(1)中国・韓国の書誌研究は、決して原本を多見して結論づけたものではない。
(2)文系研究の研究者が、未整理、或いは誤植の可能性があるテキストに拠り、必ずしも善本や原本を活用しない。
(3)日本各地の図書館に漢籍・和書があるが、古文書に対し厄介者的扱いで、地域文化の研究資料や財産としては未活用である。
(4)東アジアの知識・情報の伝達は版本によってなされたにも拘らず、本そのものへの関心が乏しい。
(5)東アジアの書誌や出版文化に関する研究テーマを設定して科学研究費の申請を行う際、ヨーロッパ型の図書館学というジャンルしかなく、専門研究コードがない。
(6)コンピューターの登場で、印刷出版形態も変化する折に、出版物そのものの文化史上の位置づけが必要ではないか。
(7)文字の発達、言語の形成、文化の独自性にとって写本・版本が決定的意味を持ったにもかかわらず、原本が持つ様々な情報に対し、関心が乏しい。

■基本方針

(1)東アジアの刊本を中心として、写本及び近代活字本まで、四部のジャンル及び新分類を含む。
(2)東アジア世界の出版とそれを取りまく文化状況の史的、空間的、構造的解明を目指し、「出版」を主要キーワードとする。
(3)和書の書誌・出版については、厚い研究成果があるので、本領域はその中で比較的手薄な分野のみを取り扱う。研究計画は「出版」を基本に据え、7つのジャンル、とりわけ(G)出版情報・書目班では成果をすぐ社会に還元することを目指す。
(4)海外の関係分野の研究者の協力を仰ぐ。
(5)将来、単独学会の樹立まで視野に入れる。(他の関係学会と連携を意識しつつ)。
(6)先行研究成果を取り入れつつ、日本における東アジア出版・書誌研究の高度なレベルを更に上げることによって、国際的研究のレベルアップを図る。



(c)研究計画概要

(1)研究組織
 ○計画研究  33研究
 ○公募研究  約50研究 (4年間型・2年間型の合計数)
 ○総括班(1班)、調整班(7班)

(2)研究期間
 ○平成12〜16年度 5年間


(3)研究成果の公表
 ○東アジア出版・書誌関係の研究目録を刊行する。
 ○ニューズレターの発行及びインターネットのホームページ開設によって研究者へ逐次新しい情報を流す。
 ○国際シンポジウムを日本国内主要五大都市でそれぞれ一回開き、市民にも成果を分かり易く伝える。
 ○新たに発掘した資料、重要な未印刷の各ジャンルの善本文献を『東アジア善本(資料)叢刊』として刊行する。
 ○研究論集『東アジア出版文化研究』集成を発刊する。
 ○国外でも、協力機関と合同でシンポジウムを隔年で二回開催する。